企画展

「青鞜」と「女人芸術」~時代をつくった女性たち展

1996年10月10日(木)~11月24日(日)

1911(明治44)年に誕生した日本初の女性の手になる文芸雑誌「青鞜」は、未だ封建的な古い因習が色濃く残る当時、“個”を抑圧されていた日本の女性たちに文芸という自己表現の場を提供し、女性の自我の覚醒を目指したものでした。 この「青鞜」を率いて評論家として活躍、やがてフェミニズム運動の旗手となった平塚らいてうは、1925(大正14)年から没するまでの46年間、現在の世田谷区烏山、経堂、成城で過ごして世田谷在住文化人グループの「砧人会」へ参加する等、世田谷という土地を愛しつづけた作家でもありました。また“紅吉”の名で「青鞜」に新風を吹き込み、のちに「番紅花」を創刊した尾竹一枝も、陶芸家・富本憲吉との結婚後祖師谷に永く住んで、いきいきとした文化交流の場を生み出しました。 そして1928(昭和3)年には、かつて「青鞜」賛助員であった劇作家・長谷川時雨が「女人芸術」の発行に踏み切ります。激動の昭和初期にあって、林芙美子や円地文子をはじめとした数多くの女性作家や評論家たちが若き日の文学修業の舞台とし、やがて女性文学の果実を次々と実らせました。 これら一連の文芸運動は、近代文学全体の隆盛と女性解放の思想的向上を促し、文学史上のみならず社会史上、女性史上においても重要な意義を持つと言えるでしょう。 もはや“女流”と、わざわざ言い立てるのが不自然なほど女性の活躍がさまざまな分野で目覚ましい現在、そのパイオニア的存在の「青鞜」「女人芸術」に携わった女性たちのたどった軌跡を、今改めて探ります。本展では、「青鞜」と「女人芸術」の足跡とともに、らいてうや時雨、一枝のほか、時代を超えて読み継がれている多彩な寄稿者たちを貴重な自筆原稿、初版本、書簡等でご紹介いたします。