ニューノーマル時代に新たな「驚き」を求めて
私たちの世田谷文学館(愛称「セタブン」)は、IT革命元年とされる1995年の4月にオープンしました。以来30年間、数々の魅力あふれる企画を催し、地域の皆さまがじかに「文学を体験できる空間」の充実に努めてまいりました。「セタブン」の魅力は、何よりもその、ジャンル横断的な多様性にあります。ジャンル横断的とは、世代横断的という意味を含みます。文学を含めたどのような芸術ジャンルも、もはや自明性の上に胡坐をかくことはできません。つねに「驚き」の創造を念頭に置きながら、時代の先を見つめていく想像力が不可欠です。と、同時に、長い時間をかけて蓄積された伝統の再発見という姿勢も怠ってはなりません。文学の創造、文学の伝統は、一朝一夕で成り立つものではないからです。そうした精神にのっとりながら、「セタブン」はこれまで、わが国の近代文学の歴史に足跡を残した文人たちの世界や、現代のアートシーンにおける新たな展開に怠りなく注意を向けてきました。
他方、「セタブン」をとりまく状況はいまや大きく変化し、いくつもの課題を突きつけられています。第一にそれは、ニューノーマル時代、すなわちコロナ禍との「共生」という時代の宿命に関わる課題です。ご存じのように、今回のコロナ禍は、地球レベルで文化の発信と受容のあり方を一変させました。端的に、リアルな対面型からバーチャルなオンライン型への移行です。コロナ禍の終息後、旧来の対面型コミュニケーションがどこまで回復するのかは予断を許さないところですが、一つだけ確実に言えること、それは、オンライン型コミュニケーションは、いわば不可逆的な流れであり、今後もますます進化・発展の一途をたどるだろうということです。そうはいえ、文学の営みそのものにとって「リアル」の意味が変わることはありません。人間の精神や心のありようを「リアル」「バーチャル」の二分法で片付けることはできないからです。リアル=対面、バーチャル=オンラインという図式も成り立ちません。そのような信念のもと、私が今、「セタブン」の未来に抱いている夢は、一つです。時代の流れであるICT技術の進化をしっかり受け止め、セタブンと地域の皆さまを「対面」と「オンライン」のダブルトラックによって結ぶことです。果たして、それはどのようにして可能となるでしょうか。
文学館のウェブサイトをご覧いただければおわかりの通り、「セタブン」はすでにその実現のための第一歩を踏み出しています。「じっくり読みたい本3冊」や「ムットーニのからくり劇場」などの企画は、きっと多くの方々のお気に召しているにちがいありません。オンラインは、どこにあっても、いつでも気楽に帰ってくることのできる広場です。また、企画展、コレクション展とはべつに、私個人のささやかな夢を述べさせていただくなら、文学と芸術の異なるジャンル間の交流を、このダブルトラックによるイベント等をとおして前進させたいと願っています。とくに若い世代の人々の文学に対する関心を広く掘り起こしていくためには、音楽、美術、映画、アニメさらには自然科学といった異なるジャンルとのコラボレーションが必要となるでしょう。
時代は、日々刻々と変容を重ねています。そして、私たちの夢もまた変化していきます。しかし「文学」のもつ本来の魅力を伝え、新しい時代に適合した新しい可能性を探りあてるには、何はさておき、皆さまのフレッシュなアイデアや建設的なご意見が欠かせません。私自身、文学の新たな「リアル」を求め、皆さまとともに、次世代に向けて、「セタブン」の新たな道を探っていきたいと心から念じています。
2024年4月 亀山 郁夫
世田谷文学館は、「世田谷固有の文学風土を保存・継承し、まちづくりの活性化に寄与することをめざす文学館」、「区民の文化交流の場と機会をつくりだし、新たな地域文化創造の拠点をめざす文学館」を基本理念として、1995年に東京23区では初の地域総合文学館として開館しました。