私たちの世田谷文学館は、20世紀の終わり、IT革命の発端の年とされる1995年の4月にオープンしました。以来20余年、初代館長佐伯彰一氏、第2代館長菅野昭正氏のリーダーシップのもとに数々の魅力あふれる企画を催し、地域の皆さまがじかに「文学を体験できる空間」の充実に努めてきました。本館の精神は、何と言っても、ジャンル横断的な多様性にあり、その精神にもとづいて、わが国の近代文学の歴史に大きな足跡を残した文人たちの世界はもとより、現代のアートシーンにおける新展開にも怠りなく注意を向けてきました。そしてその精神は、この4月に同時オープンした安西水丸展(企画展)と石川淳展(コレクション展)のコンビネーションにもはっきりと受け継がれています。
他方、私たちの文学館をとりまく状況はいまや大きく変化し、いくつもの課題を突きつけられていることも事実です。他でもありません、コロナ禍との共生という課題です。ご存じのように、今回のコロナ禍は、地球レベルで文化の発信と受容のあり方を一変させました。端的に、リアルな対面型からバーチャルなオンライン型への移行です。いつかは訪れるアフターコロナの時代に、旧来の対面型コミュニケーションが果たしてどこまで回復するのか、予断を許さないところですが、一つだけ確実に言えることがあります。それは、オンライン型コミュニケーションが、今後ますます進化・発展の一途をたどるだろうということです。こうして、一見したところ、私たちにとって「リアル」の意味が大きく変化しつつあるかのようですが、しかし文学の営みにとって「リアル」の意味は不変です。人間の精神、人間の心のありようを「リアル」「バーチャル」の二分法で片付けることはできません。その信念のもとに、私が今、本文学館の未来に抱いている夢とは、時代の流れであるICTの急速な進化をしっかり受け止めながら、文学館と地域の皆さまを「対面」と「オンライン」のツーウェイによって幾重にも結ぶことです。果たして、それはどのようにして可能となるでしょうか。幸い、今回更新されたウェブサイトをご覧いただければおわかりのように、本文学館はすでにその実現のための第一歩を踏み出しています。ウェブサイトの機能それ自体の向上もまた、本文学館の発展の証となります。また、企画展、コレクション展とはべつに、私個人のささやかな夢を述べさせていただくなら、菅野昭正前館長にとっても大きな関心の対象だった文学と映画という異なるジャンル間の「交流」を、オンラインをも含めたイベント等をとおして実現させたい考えです。また、若い世代の人々の文学に対する関心を広く掘り起こしていくために、企画展、コレクション展の枠にとらわれることなく、音楽、美術、映画、アニメさらには自然科学といった異なるジャンルとのコラボレーションにも果敢に挑戦していきたいと願っています。
夢は膨らんでいきます。しかし「文学」のもつ魅力を伝え、新しい時代に適合したさらなる可能性を探りあてるためには、何はさておき、本文学館を愛される皆さまのフレッシュなアイデアや建設的なご意見が欠かせません。私自身、文学の新たな「リアル」を求め、皆さまとともに、次世代に向けて、文学館の新たな道を探っていきたいと心から念じています。
最後に、一人でも多くの皆さまのご来館を祈念し、私のご挨拶とさせていただきます。
世田谷文学館館長 亀山 郁夫
世田谷文学館は、「世田谷固有の文学風土を保存・継承し、まちづくりの活性化に寄与することをめざす文学館」、「区民の文化交流の場と機会をつくりだし、新たな地域文化創造の拠点をめざす文学館」を基本理念として、1995年に東京23区では初の地域総合文学館として開館しました。