エッセイ

2026 2/4

悲しみの太宰 4-3

エッセイ

では、肝心のハムレット自身はどうなのか。最初に挙げるのは、右に引用した、どちらかといえば軟弱な像とは裏腹な、むしろ過剰なまでの自信をのぞかせるハムレット像である(「悪魔だって僕を欺く事が出来ない、……僕は天才だ」)。かと思えば、やはり過剰なといえるほどの自虐趣味が(「僕は、実は法螺吹きなんだ。山師だよ」)時として顔をのぞかせる。
『新ハムレット』ではまた、原作のハムレットにはない、驚くべき一面、すなわち「ドンファン」願望が告白される――。

「僕の慾には限りが無い。世界中の女を、ひとり残らず一度は自分のものにしてみたい等と途方も無い事を、のほほん顔で空想しているような馬鹿なのだ」。(同)

詳しく触れることはしないが、ここに来て、ハムレットの告白が限りなく太宰の本音に近づいていくかの印象がある。他方、世界の女性を独占したいという欲望とはおよそかけ離れた地点に、太宰の別の本音が隠されていたことも見逃せない事実である。

「ああ、可哀想だ。人間が可哀想だ。……みんな、みんな可哀想だ。……人を憎むとは、どういう気持のものか、人を軽蔑する、嫉妬するとは、どんな感じか、何もわからない。ただ一つ、僕が実感として、此の胸が浪打つほどによくわかる情緒は、おう可哀想という思いだけだ」(同)

私が強調したいのは、この、神的なまなざしをにじませた感傷癖に、太宰=ハムレットの生命力を挫く、決定的な弱点が隠されているということだ。ここで言う生命力とは、人間と人間を、むきだしの軽蔑や嫉妬によって対峙させる力であり、ひと言で言ってしまえば、ドラマそのものの生命力である。この感傷癖によって、原作では、最後まで切れ目なく持続するハムレットのテンションが、ある段階を境にふっつりと勢いを失ってしまうのである。
しかし何よりも注意すべき点は、「可哀想」に示される過剰な感傷癖が、いつしか彼を、クローディアスへの隠された共犯性に結びつける膏薬と化していくことである。こうして『新ハムレット』は、王殺しの解明、復讐という中心軸を失った、複雑怪奇な物語へと変質していく。シェークスピアの原作では一貫しつづけるハムレットの復讐心は、ここにいたってあたかも糸の切れた凧のように宙に浮き、クローディヤスの押し出しのよさばかりが読者の目につく結果となる。
こうして物語の推力を失われるにつれ、新たに力を得て登場してくるのが、侍従長でオフィーリアの父であるポローニヤスである。軟弱な情念にからめとられ、父殺しの下手人に温情をいだくハムレットとはうらはらに、現場の目撃者ポローニヤスは、本来ならばハムレットがになうべき苦渋を全身に背負い、狂気の瀬戸際へと追い込まれていく。

「わしは、見たのです。此の眼で、ちゃんと見たのです」「ああ、見なければよかった。何も、知らなければよかった」(同)

こうして、ギリシャ悲劇に言う「認知」の悲劇は、ポローニヤスの身から、王妃ガートルードの身に受け継がれていく。その結果が、身投げである。本来ならば、オフィーリアが演じるべき役割をガートルードが奪いとるかたちになるが、残念ながら、このあたりの太宰の意図が読者の腑にうまく落ちてこない。じつは、この謎を解くヒントが、『新ハムレット』の「劇中劇」のうちに示されているのである。クリスティナ・ロセッティ原作の劇詩「迎え火(時と亡霊)」のうちに……。劇詩に描かれる花婿、花嫁、亡霊の三者を演じたのは、それぞれにホレーショー、ポローニヤス、ハムレットの三人だった。しかし太宰は同時に、この花婿、花嫁、亡霊に、クローディヤス、ガーツルード、父王の三者を重ねていた。驚くべき大胆な読み変えである。思うに、そうした倒置を許容したのは、ひとえに太宰の、善悪を超えた世界観だったと言って過言ではない。いずれにしても、「劇中劇」に「迎え火(時と亡霊)」を配することで、ドラマ全体に驚くべき価値の転倒が起こった。クローディヤス(花婿)は、善と勝利のヒーローと化し、父王(亡霊)は、復讐心に燃え、前後を忘れた悪鬼に貶められた。つまり、ハムレットは、目的と手段を完全にとり違えていたことが明らかになるのである。では、どうすれば、ハムレットの意志を肯定的なものとして捉えることができるのだろうか。それはほかでもない、母の神化である。原作の精神に背くことなく自死する母ガーツルードのみが、ハムレットにとっては唯一正統の登場人物と化すのである。
結論を急ごう。
『新ハムレット』の内容を吟味してわかるのは、ガーツルードを庭園内の小川へと導くのが、父王の亡霊だということである。ガートルードの背信にもめげず、父王は、「醒めることの無い、おいしい眠りを与えてくれる佳い寝床」へと彼女を誘いつづけ、ついにはその邪な願いを実現した。

「お前は、やがてあの世で、わしがきょう迄くるしんだ同じ苦しみを嘗めるのだ。嫉妬。/それがお前の、愛されたいと念じた揚句の収穫だ」(『新ハムレット』)

では、嫉妬と裏切りの苦しみから最終的に癒してくれるものとは何なのか。むろん、それは死=眠り以外にはありえず、亡き父王がつぶやく「泥の底」こそがその最後の唯一の臥所となる。そしてそこでついに明らかにされるのは、太宰がこの劇中劇に凝らした趣向の自伝的な意味である。少し回りくどい言い方になるが、クリスティナ・ロセッティ(ロセチ)の「時と亡霊」(原題は、英語で、The Hour and the Ghost)を、「少しあくどく潤色してつくり上げた」劇中劇とは、まさに太宰における無意識のドラマを可視化する装置と化していた。
太宰が、『新ハムレット』を構想するどの段階でロセッティの劇詩の利用するアイデアに立ち至ったかはわからない。「時と亡霊」の訳詩が岩波文庫で出たのは、一九四〇年のことであるから、ことによると、『新ハムレット』執筆のアイデアを促したのは、「時と亡霊」だったと考えることも可能である。ただ、ロセッティの発見によってある種の啓示に打たれた太宰が、手放しにそれを喜んだと考えるのは早急だろう。つかのまの歓びの後に、苦く悲しい絶望が沸き起こったにちがいないと私は勝手ながら想像する。その複雑な心情は、劇中劇「時と亡霊」でハムレット自身が、亡霊の役を引き受けるという選択に示されている。「時と亡霊」の亡霊とは、ほかでもない、太宰治その人なのだ。
最後に、一つだけ傍証を添えておこう。注目すべきディテールは、『新ハムレット』のなかでしきりに繰り返される年齢(二十三歳)への言及である。太宰研究家の千葉宣一は、この年齢設定について、「太宰にとって、満二十三歳の昭和五年のことである」と述べ、次のように書いている。

「昭和五年は、太宰の精神史に生涯癒えることのない原罪的な傷痕を刻んだ」。

千葉の言う「原罪的な傷痕」が何を意味しているか、もはや述べるまでもない。読者の参考とするため、『新ハムレット』執筆に先立って記した回顧的エッセー「東京八景」(一九四一)のひとくだりを引用しておく。

「女は死んで、私は生きた。死んだひとの事に就いては、以前に何度も書いた。私の生涯の、黒点である」(「東京八景」)

読者の多くが、『新ハムレット』から受ける印象の多くは、未完の物語だということである。笑いやユーモアをふんだんに取り込んだパロディ文学の醍醐味に接し、心地よい興奮に巻き込まれた読者は、クローディヤスを前にしてのハムレットの自殺や、ガーツルードの身投げといった思いがけない展開に慄然とし、心地よい緊迫感を断ちきられる。しかし、私なりの勝手な推測を述べれば、『新ハムレット』を構想し、ロセッティの劇詩に出会ったその瞬間から(あるいは、順序が逆かもしれない)、太宰は、ガーツルードの死をもってこの物語を閉じようと決意していた。だからこそ、その伏線としてガートルードとオフィーリアの分身関係を執拗なまでに濃密な筆遣いで描いたのだ。いや、ガーツルードの身投げ以外のフィナーレは、彼自身の生の記憶が、「黒点」の記憶が許さなかったにちがいない。なぜなら、物語も終わり近くに来て、亡き父王を演じたハムレット=太宰の脳裏に、ある光景が執拗に反芻されはじめたと想像されるからである。それはほかでもない、太宰とともに鎌倉の海に入り、一人海底に消えた女の姿――。
太宰は、「道化の華」の冒頭に次のように書いていた。

「僕はこの手もて、園を水にしづめた。僕は惡魔の傲慢さもて、われよみがへるとも園は死ね、と願つたのだ」(「道化の華」)

「園」の名で記された女の実名は記さない。ただ、私はいま、ロセッティの「時と亡霊」の再読を介して、鎌倉の事件に潜む、永遠に語られることのない真実を解き明かすことができるのではないか、というかすかな希望を抱いている。不幸にして、園=ガーツルードは、苦しみと嫉妬に狂ったあげく、復讐の鬼になり果てた太宰=亡霊の生贄となった。たしかに、ロセッティに登場する亡霊の執念が理解できないわけではない。だが、鎌倉の海に女を誘った太宰の「悪魔の傲慢さ」だけは、何としても私の想像が行き届かない。太宰は、どのような執念をもって園を水に沈めたのか。ロセッティの「亡霊」を苦しめた嫉妬に代わって、鎌倉の海に太宰を誘った心の真実とは果たして何だったのだろうか。(つづく)

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